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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)1416号 判決 1961年10月14日

判  決

東京都目黒区柿ノ木坂六七番地

原告

上田シツ

右訴訟代理人弁護士

寺坂銀之輔

佐藤哲郎

寺坂吉郎

東京都千代田区丸ノ内三丁目一番地

原告

東京都

右代表者知事

東龍太郎

右指定代理人東京都事務吏員

石葉光信

泉清

門倉剛

東京都目黒区柿ノ木坂三六七番地

被告

近藤政市

外二名

右当事者間の昭和三五年(ワ)第一、四一六号建物収去土地明渡請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告東京都は原告に対し、金一〇三、四七二円を支払うべし。

原告の被告東京都に対するその余の請求及び被告近藤、同曾根、同松島に対する請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告と被告近藤、同曾根、同松島との間においては全部原告の負担とし、原告と被告東京都との間においては原告について生じた費用を三分し、その一を被告東京都の負担とし、その余の費用は各自負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り仮り執行することができる。

事実

第一  当事者の請求の趣旨

原告訴訟代理人は

被告東京都は原告に対し東京都目黒区柿ノ木坂三六七番地所在宅地四五〇坪(但し実測四五二、二六八坪)のうち南側八七一二五坪(別紙図面Aの部分)をその地上西側に存する木造瓦葺平家建居宅一棟坪一三・五坪(近藤政市居住物分)及び東側に存する木造瓦葺平家建二戸建坪一八坪のうち西側一戸建坪約九坪(曾根正寿居住部分)東側一戸建坪約九坪(松島寛居住部分)の各建物を収去して明渡すべし。

被告東京都は原告に対し、金一〇七、一五三円及び昭和三四年一二月二〇日以降第一項土地明渡済に至るまで一ケ月金六九一円の割合による金員を支払うべし。

被告近藤、同曾根、同松島は、原告に対し、被告らの各占有にかかる第一項掲記各建物より退去し、それぞれの敷地部分を明渡すべし。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

被告東京都指定代理人と被告近藤、同曾根、同松島は

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求めた。

第二  原告主張の請求原因

原告訴訟代理人は、請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は、東京都目黒区柿ノ木坂三六七番地所在宅地四五〇坪(但し公簿上の坪数にして実測四五二、二六八坪)を所有している。被告東京都は、右宅地のうち南側九七・一二五坪(別紙図面Aの部分、以下本件宅地という。)の部分に請求の趣旨記載の如き建物(都営住宅)三戸を所有して本件宅地を占有している。右都営住宅には被告近藤、同曾根、同松島が請求の趣旨記載のように各建物に居住して、それぞれ本件宅地のうち各建物の敷地部分を占有している。

しかして、被告らの各本件宅地の占有は何らの権限に基くものでもない。

二、仮りに被告東京都においては本件宅地につき、何らかの使用権限があつたとしても、それは一時使用の使用貸借契約であるところ、原告は、昭和三四年一二月一九日被告東京都に到達した内容証明郵便をもつて、右使用貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたから、右使用貸借契約は同一九日をもつて解除された。

三、仮りに、原告東京都との間に、昭和二五年頃本件宅地について、普通建物の所有を目的とする期間二〇年の賃貸借契約が、成立したものとしても、被告東京都は昭和二五年以来一〇年余に亘り地代の支払をしないので、原告は、昭和三四年一二月一九日被告東京都に到達した内容証明郵便をもつて、右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたから、右賃貸借契約は、同一九日をもつて解除された。

四、以上により、被告東京都は、本件宅地を占有する権限を有しないのであるが、少くも、前記使用貸借契約及び賃貸借契約解除の意思表示到達後は、本件宅地を不法に占有して、原告に対し本件宅地の地代相当額である一ケ月金六九一円の割合による損害を加えている。

五、よつて、原告は被告東京都に対し、第一次的に所有権に基き、第二次的及び第三次的に使用貸借及び賃貸借契約の解除に基いて、前記都営住宅三戸を収去して本件宅地を明渡すことを求めるとともに、前記内容証明郵便の送達の翌日である昭和三四年一二月二〇日以降右明渡済に至るまで、一ケ月金六九一円の割合による金員の支払を求め、被告近藤、同曾根、同松島に対し、所有権に基いて、それぞれの占有建物より退去して、本件宅地のうち各占有建物の敷地部分を明渡すことを求める。

六、被告東京都は、昭和二四年六月中都有の簡易住宅移転のための敷地として原告所有の前記東京都目黒区柿ノ木坂三六七番地所在宅地四六二、二六八坪のうち本件宅地九七、一二五坪を除く残りの三五五坪余(別紙図面Bの部分。以下簡易住宅敷地という。)を原告より期間三年とする一時使用の目的で賃借し、その頃右敷地上に簡易住宅を移築したのであるが、右約定によれば右賃貸借契約はおそくとも昭和二七年六月末日には終了した。従つて、被告東京都は右日時をもつて直ちにこれが明渡しをなすべきに拘らず、これを怠り昭和三二年六月末日まで右簡易住宅敷地を不法に占有して、原告に対し地代家賃統制令に基く統制地代相当額の損害を与えた。しかして、昭和二七年七月一日から昭和三二年五月末日までの右土地に対する地代の統制額は別紙計算表のとおりであり、その合計額は金一〇七、一五三円である。

よつて原告は被告東京都に対し、右不法行為による損害賠償として金一〇七、一五三円の支払を求める。

第三  被告らの答弁及び抗弁

被告東京都指定代理人は答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張の請求原因第一項の事実は認める。但し、東京都目黒区柿ノ木坂三六七番地宅地四五〇坪の実測坪数は四五〇、三四坪であり、本件宅地の実測坪数は一〇四、七四坪である。

同第二項の事実のうち、原告主張の日時、その主張の如き内容証明郵便が被告に到達したことは認めるが、その余の事実は否認する。

同第三項の事実のうち、原告主張の日時、その主張の如き内容証明郵便が被告東京都に到達したこと、並びに本件宅地につき、普通建物の所有を目的とする賃貸借契約が成立した事実、及び被告東京都が右内容証明郵便到達当時賃料を支払つていなかつた事実は認めるが、賃貸借契約の内容を否認し、かつ右内容証明郵便による契約解除の効果を争う。

同第四、五項は争う。

同第六項の事実のうち、簡易住宅敷地の坪数、従つて損害金の合計額は否認するがその余の事実は全て認める。

二、原告と被告東京都との間に昭和二三年一二月頃、本件宅地につき、普通建の物所有を目的とし、期間二五年、賃料一ケ月坪当り一円一〇銭とする賃貸借契約が成立した。

三、簡易住宅敷地の坪数は、三四五、六坪であるから、原告主張の統制額及び計算方法に従つて計算すると損害額は一〇三、四七二円である。

被告近藤、同曾根、同松島は答弁として次のとおり述べた。

原告主張の請求原因事実のうち、被告ら三名がそれぞれ、原告主張の建物を使用することにより、その主張の如く本件宅地の一部を占有していることは認めるがその余の事実は不知である。

被告東京都指定代理人は、抗弁として次のとおり述べた。

原告は、本件宅地の賃貸借契約は、原告が被告東京都に対してなした、昭和三四年一二月一九日到達の地代債務不履行を事由とする、契約解除の意思表示により、同一九日をもつて終了した、と主張するけれども、原告は、予め地代債務履行の催告をなすことなく、右契約解除の意思表示をなしたから、右意思表示は契約解除の効力を有しない。

なお、被告東京都は、昭和三五年四月一三日本件宅地の昭和二四年六月一日以降昭和三五年三月三一日までの賃料として、金六七、六〇四円を東京地方法務局に弁済供託した。

第四  被告東京都の抗弁に対する原告の答弁

原告訴訟代理人は次のように述べた。原告が賃貸借契約解除の意思表示をなすに当り、予め地代債務履行の催告をしなかつたことはこれを認める。しかしながら、原告は、本件宅地について賃貸借契約の不成立を終始主張し、賃料受領の意思を有しなかつたのである。被告東京都はこのことを奇貨として、そのまま黙つて本件宅地を使用して一〇年余を経過したのである。このことからして、被告東京都も、契約が成立しているとは考えていなかつたものと云える。その結果被告東京都は、賃料支払の意思を有せず、これを支払おうとする何らの誠意を示さなかつた。このような場合には、債務履行の催告を要せず、直ちに契約を解除することができる。仮に、被告東京都が本件宅地につき賃貸借契約が成立していると考えているとするならば、契約が成立していると考えているとするならば、契約の成立を主張する被告東京都において、賃料支払の意思を示し、その支払の手段方法を尽すことが賃借人としてし本来の義務であるに拘らず、何らの通知交渉をなさず、本件宅地を無償で使用し、賃借人としての義務を怠り、信頼関係を破棄したのである。かかる場合においては、賃貸人たる原告は賃貸借という信頼関係を基礎とする継続的法律関係を維持できないものとして、債務履行の催告を要せず、契約を解除しうるものと云わねばならない。従つて、原告のなした賃貸借契約解除の意思表示は有効である。

なお、被告東京都が賃料債務の弁済供託をなしたことは認めるが、右供託は、履行提供を欠くのみならず、かつ、契約解除後になされたものであつて、何らの効力もない。

被告近藤、同曾根、同松島は抗弁として次のように述べた。

被告近藤、同曾根、同松島は、昭和二五年三月頃から原告主張の建物を、被告東京都から、期限の定なく賃料は一ケ月被告近藤は一、一七〇円、被告曾根と同松島は八八〇円で、それぞれ賃借しているものである。

第四  (立証省略)

理由

原告が東京都目黒区柿ノ木坂三六七番地所在宅地四五〇坪を所有しており、右宅地内の南側部分(別紙図面A部分本件宅地。)の土地上に、被告東京都が、都営住宅三戸を所有して、本件宅地を占有しており、被告近藤、同曾根、同松島が、それぞれ請求の趣旨記載の如く各建物に居住して、その敷地部分を占有していることは当時者間に争いがない。(但し、被告近藤、同曾根、同松島は本件宅地の所有権が原告に属することは不知としているが、この点については(証拠)に徴し明らかである。)

しかして、東京都目黒区柿ノ木坂三六七番地所在宅地四五〇坪の実測坪数、並びに本件宅地及びこれを除く残部分(別紙B部分。簡易住宅敷地。)の坪数につき、原告と被告東京都の主張に多少の差異があるが、(証拠)によれば右宅地四五〇坪の実測数は、四五〇、三四坪であり、本件宅地の坪数は一〇四、七四坪であり、前者から後者を差引いた残三四五、六坪が簡易敷地の坪数あると認められ、これに反する証拠はない。

(証拠)を綜合すると次の事実が認められる。

被告東京都は、昭和二三年一〇月頃、目黒区内の小学校校庭に仮設中の、都有の簡易住宅を緊急に移転する必要に迫られ、目黒区に右移築事務の執行を委任し、目黒区においては、目黒区役所建築課住宅係長石原茂樹をして、右移築のための敷地の選定並びにその賃貸借契約の締結に当らしめた。石原茂樹は、原告所有の東京都目黒区柿ノ木坂三六七番地所在宅地四五〇、三四坪については、当時原告と農地委員会との間に、買収問題につき粉争があつたことから、これを着目し、原告に対し、右宅地を簡易住宅敷地として被告東京都に貸与する場合は、右宅地買収の問題はなくなり、紛争は解消すること、又、右宅地上には簡易住宅とは別に都営住宅を新築して、原告に優先入居権を与えること等を申向けて、右宅地の借用方を申込み、交渉の結果昭和二三年一二月中、原告と石原との間に、原告は、右宅地一部の使用を許容し、右宅地のうち、簡易住宅敷地については、期限を三年として簡易住宅移築のための一時使用の賃貸借契約とするが、本件宅地については、簡易住宅とは構造を異にし、本建築の木造都営住宅三戸を新築し、原告に優先入居権を与えることとし、普通建物の所有を目的とし、賃料は地代家賃統制額とする。期間の定めのない賃貸借契約が成立した。

しかして、右契約は実際には上記のとおり、石原の申込みを原告が承諾したことによつてなされたものであるが、書類の形式上は、被告東京都の印刷した都営住宅敷地提供申込書に、原告が本件宅地及び簡易住宅敷地を都営住宅敷地として、被告東京都に提供する趣旨を記載した、原告の記名捺印のある書面(乙第一号証)、及び原告の記名捺印のある東京都知事宛の、右宅地についての原告が被告東京都と賃貸借契約を締結することについて、異議のない趣旨を記載した承諾書(乙第二号証)をもつて、原告が被告東京都に対して宅地提供の申込みに対し、被告東京都が承諾するという形をとり、後日原告と被告東京都との間で正式な契約書の交換をするという諒解が原告と右石原との間になされた。その後、昭和二四年六月頃、簡易住宅敷地には、簡易住宅一五戸が移築されたが、本件宅地上の都営住宅三戸の新築が遅れていたので、原告が再三、区や都に対して交渉を重ね、昭和二五年四、五月頃ようやく、右都営住宅三戸が新築されたので、原告は前記約旨の優先入居権に基き、原告の所有家屋で現在原告が居住している東京都目黒区柿ノ木坂六七番地に、当時借家人として居住していた被告近藤、並びに原告の知人である被告曾根、同松島のために入居の手続をとり、その頃から同被告らは、右都営住宅である本件建物三戸に、前記争いなき事実のとおり入居してこれを占有するに至つた。ところが、昭和二五年五月頃、被告東京都は、前記約旨に従つて、本件宅地及び簡易住宅敷地につき、正式な契約書を原告に示したところ、右契約書には、本件宅地及び簡易住宅敷地を合わせて、全部について、期間二〇年の賃貸借となつていたので、原告は、本件宅地はともかくとして、簡易住宅敷地をも期間二〇年とするのは、約旨に反すると異議を唱え、右契約書の交換を拒絶した。その後、被告東京都としては、正式な契約書が交換されておらず、原告が本件宅地及び簡易住宅敷地につき賃貸借契約の不成立を主張し、昭和二七年頃から両者は抗争状態となり、昭和二九年には、原告は、被告東京都を被告として、簡易住宅敷地につき、建物収去土地明渡請求の訴を提起し、賃料受領の意思を示さないので、賃料を支払わずにいたのである。

以上のとおり認めることができる。

前掲乙第二号証中「追つて、希望地代は、一坪につき金( )銭ですが貴都の適正なる査定料金にて異存ありません」なる記載があり、同号証のみによると、右認定の賃貸借契約成立の際は、未だ賃料の定めなく、その決定は後日被告東京都の決定するところに任せたのではないが、との推測をなさしめる余地がないではない。そこで、この点について考えるに、(証拠)によれば、当時、被告東京都がなした本件賃貸借のような場合の賃料は、地代家賃統制令の統制額としたのが一般であつた事実、及び右賃貸借契約成立に際し、賃料について具体的に明示されなかつたが、統制額による旨の話合いがなされ、それについて当事者間に異議がなかつた事実を認め得べく、これに反する証拠はない。右認定事実と同号証の右記載が不動文字であつて、金額欄が白地のまま残されている事実と照らし、右記載はむしろ、賃料は統制額とする旨の合意があつたとの、前段認定の裏付けとなるものであつて、右認定の妨げとなるものではない。(中略)他にこれに反する証拠はない。

以上認定の事実によれば、被告東京都から簡易住宅移築事務の委任を受けた目黒区は、そのための敷地に関する契約の締結につき、東京都のためこれを行う権限を有していたものと云うべく、石原茂樹は、目黒区役所建築課住宅係長の職にあり、同区から右事務の遂行を命ぜられたのであるから、特段の事情のない本件においては、右石原茂樹は、簡易住宅移築のための敷地に関する契約の締結につき、被告東京都に代つて法律行為をなす権限を有していたと認めるのが相当である。しかして、本件宅地には簡易住宅が移築されたのではないが、本件宅地の使用は、簡易住宅移築のために行われたものであるから、石原茂樹は、本件宅地の貸借についても、右代理権を有していたものと云える。従つて、本件宅地につき、昭和二三年一二月、原告と石原茂樹との間に成立した賃貸借契約、すなわち、原告は、被告東京都に対し、本件宅地を、普通建物の所有を目的とし、賃料は統制額とし、期間の定めなく、貸与する旨の契約の効果は、原告と被告東京都との間に生じたものと云うべきであり、後日、原告と被告東京都との間に、右賃貸借契約に関する正式な契約書の交換がなされなかつた事実の如きは、右賃貸借契約の効力を左右するものではない。

原告は、被告東京都に対し、第一次的に、同被告は本件宅地を占有すべき何らの権限がないとして、所有権に基いて、これが明渡等を求めているが、原告と被告東京都との間には、前段認定の賃貸借契約が存在しているのであるから、右主張の失当であることと明らかである。

原告は被告東京都に対し、第二次的に、仮に被告東京都が本件宅地について何らかの使用権限を有していたとしても、それは一時使用貸借である、と主張するけれども、原告提出援用に係る全証拠によるも右主張を認め難く、他にこれを認めて、前段認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は、被告東京都に対し第三次的に、仮に被告東京都との間に賃貸借契約が成立したとするも、被告東京都は昭和二五年以来一〇年余に亘つて地代の支払をしないから、昭和三五年一二月一九日被告東京都に到達した内容証明郵便をもつて、右債務不履行に基き右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなした。

従つて右契約は同日をもつて解除された、と主張する。

原告主張の日時、その主張の如き内容証明郵便が、被告東京都に到達した事実、及び当時被告東京都が本件宅地の賃料を支払つていなかつたことは当事者間に争いがない。

被告東京都は、右内容証明郵便による賃貸借契約解除の意思表示は、原告において、予め賃料債務履行の催告をなすことなく、行つたものであるから、契約解除の効力を有しない。と主張する。

しかして、右解除の意思表示が、債務履行の催告なしに行われたものであることは、当事者間に争いがない。従つて、特段の事由のない限り、右解除の意思表示によつては、賃貸借契約解除の効力はない、と云わねばならない。

原告は、本件賃貸借契約は右の特段の事由の存する場合であつて、債務履行の催告なしに解除権を有しているものとして、次の趣旨の主張をしている。すなわち、

原告は、本件宅地について賃貸借契約の不成立を終始主張し、賃料受領の意思を有しなかつた。被告東京都は、このことを奇貨として、そのまま黙つて、本件宅地を使用して一〇年余を経過したのである。被告東京都も、契約が成立しているとは考えていなかつたものと云える。その結果、被告東京都は、賃料支払の意思を有せず、これを支払おうとする何らの誠意を示さなかつた。仮に、被告東京都が、本件宅地につき賃貸借契約が成立していると考えていたならば、契約成立を主張する被告東京都において、賃料支払の意思を示し、その手段方法を尽すことが賃借人としての本来の義務であるに拘らず、被告東京都は何らの通知交渉をなさず、本件宅地を無償で使用し、賃借人としての義務を怠り、信頼関係を破棄したのである。

かかる場合においては、賃貸人たる原告は、賃貸借という信頼関係を基礎とする。継続的法律関係を維持できないものとして、債務履行の催告を要せず、契約を解除しうる。というのである。

しかしながら、被告東京都が原告に本件宅地の賃料の支払をしなかつたのは、原告が賃貸借契約の不成立を主張し、昭和二七年頃からは両者抗争状態となり、昭和二九年には、原告は被告東京都を被告として、簡易住宅敷地につき、建物収去土地明渡請求の訴を提起し、賃料受領の意思を示さなかつたことによるものであることは、前段認定のとおりである。又、原告が主張するように、被告東京都が、本件宅地の賃貸借契約は不成立と考えており、賃料支払の意思を有せず、これを支払おうとする何らの誠意を示さなかつたとの事実は、これを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、前段認定の事実と、弁論の全趣旨によれば、被告東京都は、終始本件宅地の賃貸借契約の成立を主張して、賃料支払の意思を示していたものと認むべく、更に被告東京都は、前記契約解除の意思表示を受けてから間もない、昭和三五年四月一三日、賃料として金六七、六〇四円を東京地方法務局に弁済供託をなした事実(この点は当事者間に争いがない)からも、被告東京都に賃料支払についての誠意を示さなかつた事実があるとは考えられない。従つて、果して被告東京都に、賃料債務の不履行があつたと云えるかどうかの疑いすらある。しかし、この点については、被告東京都においてこれを主張していない本件においては、別論とするが、このような場合に、原告に、債務履行の催告なしに、契約解除の要件が発生するとは到底云えない。次いで原告は、被告東京都は、賃料支払の意思を示し、その手段方法を尽すことが、賃借人としての本来の義務があるに拘らず、これを怠つた、と主張し、その主張の趣旨とするところは、被告東京都において、紛争の円満な解決に努力する義務があつたのにこれを怠つた、というのであると考えられるが、以上の認定からして、右義務とその懈怠が、仮に被告東京都にもあつたとしても、原告にも、右義務とその懈怠があつたものと考えられ、その責任の軽重はにわかに判断し難い。従つて、信頼関係の破れた責任を東京都のみに問い、原告に対し、債務履行の催告なしに、契約を解除しうる権利を与えうる場合ではない。してみると、原告の右主張は、採用し難く、前記契約解除の意思表示は、その効力がないものと云わねばならない。

以上のとおり、本件宅地の賃貸借契約は有効に存続しているから、右契約は解除により消滅したとして、これが明渡を求める原告の請求は失当である。

被告東京都が正当な権限に基いて、本件宅地を占有していること右のとおりである以上、原告の被告東京都が本件宅地を不法に占有していることを原因とする損害賠償の請求もまた失当であること明らかである。

被告近藤、同曾根、同松島の、右被告ら三名は、昭和二五年三月頃から、本件都営住宅を被告東京都から、それぞれ賃借している旨の抗弁事実については、原告において明きらかに争わないから、自白したものとみなすべく、被告東京都において本件宅地を占有する権限があること、前述のとおりである以上、被告近藤、同曾根、同松島に対する、原告の請求が失当であることも明らかである。

次に、簡易住宅敷地に関する、原告の主張について判断する。

被告東京都は昭和二四年六月中、原告から簡易住宅敷地を、期間を三年とする一時使用の定めで賃借し、その簡易住宅を右敷地へ移築したこと、及び、被告東京都が右敷地を原告に対し現実に明渡したのが、昭和三二年六月であることは当事者間に争いがない。右争いなき事実によれば、右一時使用の賃貸借は、昭和二四年六月から三年の経過によつて、おそくとも昭和二七年六月には終了しているものと認められる。従つて右賃貸借契約の終了後、現実に明渡された昭和三二年六月までの、被告東京都の右敷地の占有は不法のものであつて、その間被告東京都は、原告に対し、統制地代の相当の損害を与えていることも明らかである。しかして、簡易住宅敷地の坪数が三四五、六坪であることは、既に認定したところであり、右敷地の、昭和二七年七月一日から昭和三二年五月末日までの、統制額による賃料、及び、その計算方法は、当事者間に争いがないから、右期間の損害額が金一〇三、四七二円であることは計数上明白である。

よつて、原告の、被告東京都に対する、簡易住宅敷地に関する、損害金の請求は、一〇三、四七二円の限度において、正当としてこれを認容し、その余の請求を棄却し、被告東京都に対する本件宅地に関する建物収去土地明渡並びに損害金の請求、および被告近藤、同曾根、同松島に対する建物退去土地明渡の請求は、いずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき、同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第六部

裁判官 西 山  要

図面、計算書(省略)

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